Tu Veux, Tu Veux Pas 2007年04月
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『キサラギ』2回目を観る。

 またまた仕事の関係でご縁がありまして、試写会にお邪魔してきました。(上司には「え、もう一回観にいくの?」と驚かれたけど気にしないw) 会場におすぎがいたよ! 思わず「おすぎです、ピーコです!」って言いそうになりまんたw 終わった後、この映画のプロデューサー・Iさんに向かって、興奮気味にいろいろ話していたのが気になりました。

 さて、以下感想になります。多大なるネタバレを含みますので、どうしてもストーリーが知りたい方、犯人が分かっても良いという方のみお読み下さい。 改めまして。
 初見はとにかくスピーディーな展開を楽しみながら、ストーリーを追っていくことをメインに楽しんでいたのですが、二度目となる今回は、キャラクターそれぞれのバックグラウンドや、正体を明かす前の様子など、見落とした部分を中心に拾っていこうと思いながら観ました。
 実はミキちゃんのお父さんだったイチゴ娘。さんも、ミキちゃんと知り合いだったスネークさんも、ミキちゃんの幼馴染だった安男さんも、そしてマネージャーだったオダユージさんも、正体を明かす前からさりげなくそれを匂わせるような動き、表情、そして含蓄ある台詞を言っていたことに気づき、一度目とは違った楽しみ方ができました。おそらく数回ご覧になる方がほとんどだとは思うのですが、1回でいいやと思っている方には、是非2回目を観ることをお勧めしたいです。別の意味でとても楽しめます。

 何より、今回私は『家元』という人のバックグラウンドを知り、涙しました。
 それぞれがミキちゃんとの思い出を回想するプラネタリウムのシーン。家元は、職場(=警視庁)で普段使用しているロッカーを思い浮かべます。扉を開けると、一面にびっしりと張られた紙、紙、紙。その全てに、家元への悪口雑言が書かれています。地味な部課に所属しているせいなのか、「不要だ、お前なんかいらない」という罵り。お父さんが警視総監だからという理由で張られた(と思われる)「親の七光り」という侮蔑の言葉。
 (恐らく、お父さんの存在もあって)辞めたくても辞められない、警察という超コンサヴァティヴな組織の中で一人孤立した生活を送っている家元。そんな彼にとって『如月ミキ』という偶像の存在は、現実の辛さを忘れさせてくれる、いわば天使のような存在だったのではないでしょうか。ミキちゃんの記事を集め、ミキちゃんのCDを聴き、コンサートやイベントに参加しているときだけ、この世のしがらみを忘れて幸せな時間を過ごすことが出来た。それが高じて自ら立ち上げたミキちゃんのファンサイトでは、管理人(=家元)として訪問者から慕われ、自分の存在意義をそこに見出すことが出来た。プラネタリウムを見つめている時の彼は、そんな幸せだった時間を反芻しているような、穏やかで優しい眼差しをしていました。

 自分が毎週送り続けた200通の手紙を持ち出そうとしたせいでミキちゃんが焼死したという結論に至った時、家元は部屋の柱に縋ってとめどない涙を流します。そのシーンでの彼は、『どうして自分なんかが送った手紙のためにそこまでしたのか。焼死した大元の原因は自分なのか』という自責の念や深い悲しみと、『大好きなミキちゃんが自分の送った手紙をそこまで大事に思っていてくれたのか』という一ファンとしての純粋な喜びがない交ぜになった、とても複雑で深い意味を持った涙を流しているように見えました。
 そのシーンでのイチゴパパ((c)スネーク)の「アイドルだったんだ」という噛み締めるような言い方にも涙涙。ミキちゃんは死ぬ前に本当の意味で、偶像=idolから『アイドル』になったんだなあ。「真相はハートフル」というコピーがまさにぴったりと当てはまるシーンです。

 前回も書いたとおり、家元のような狂言回し的存在は、演技力がなければ到底勤まることのできない重要な役。特に今回のように個性的なキャラクターが集まった作品、そしてワンシチュエーションという特殊な状況下では尚更のこと。その上で、心に深い傷を負いながらミキちゃんを応援することで自分の存在意義を見出そうとしていた家元という人間を、ああもシンプルかつ丁寧に演じていた小栗旬の素晴らしさ。またまた感動でした。
 次に観るのはさすがに初日舞台挨拶の日になりそうですが…今から非常に楽しみです。(つーか舞台挨拶のチケット取れんのか?)
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仁のこと、いちお呟いとく。

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それは不滅のファンタジー

 先日親友二人と食事をしていた時のこと。ミーハーな私をいつも冷静な目で見ているFと雪松嬢ですが、この日に限っては一緒になって私と花沢類の話で盛り上がっていたF。調子に乗った私とFは何とか雪松嬢にもこのミーハーパッションを味わってもらおうと、彼女好みの有名人を探すこと小一時間。
 雪松嬢のお好みは、ひょろひょろに細くて小柄な、童顔の可愛い系男子。
 悶々と考え続け、ついに数寄屋橋交差点・不二家の前で私が得た結論が。
 堺雅人はどうよ!!!
 その時は「さかいまさと?誰?」状態だった雪松嬢、その後私たちの思惑に見事にハマり、現在かなーり堺雅人氏に夢中になっているご様子☆ うひひひひ☆
 この秋、堺雅人氏がシアター・クーリエのこけら落としで上演される三谷幸喜の舞台(「恐れを知らぬ川上音二郎一座」)にも出演することがわかり、親友のためにも一肌脱ぐか!とあたくし、いい席のチケットを取る気満々でございます。頑張るぜー!

 とまあ、今日はパッションの話。
 私は文字通り「熱しやすく醒めやすい」B型なもんで、ものすごい夢中になってる人や物事があっても、結構ちょっとしたきっかけですぐひんやりと冷め切ってしまう性質があります。
 が、夢中になっている間はとにかくそのことに全力を尽くす。今の自分にできることはやり尽くす、というのがポリシー。特に、生で見れる機会は絶対に逃さない! うちの相方の名言(というか名・座右の銘)に「思い立ったら即ライヴ(=生)」というのがありますが、まさにそれ。(といっても、私も相方の行動力には到底敵わないですが) やっぱり生きてる人ってナマで見てナンボだと思うから、そのためなら熱があっても渋谷を走ろうが、始発に乗ってチケット買いに行こうが、何でも自分にできることはやる。そしてそのことに対してものすごい神経を研ぎ澄ませ、情報を集め、夢中になってる自分が結構好きだったりする。
 ただし、1つだけ「しちゃいけないこと」と決めているのが、映像関係のグッズを買いあさること。絶対長続きしないのが分かっているから、値段の高い映画や舞台の市販DVDには手を出さない。それだけは決めています。

 けれど、そんな流動的なパッションを持っている私が、唯一心から愛しているのがV6。そして井ノ原快彦というひと。
 V6は私の心の奥底の、一番柔らかい部分に息づいている、唯一無二の大切な存在。自分の心がどうしようもなく荒んだ時、そこに還ればいつでも元気が湧いてくる。言葉では言い尽くせないくらい、自分の人生の一部は彼らと共に在り続けている。
 例えその時どんなパッションの嵐が吹き荒れていようと、V6がいる部分だけは完璧なドームに覆われて、常に温かな日差しが差し込んでいる。と言えばいいのかな。荒れ狂うパッションと同時に、いやそれ以上の強さで、常にV6を愛し続けている。
 V6は、よしくんは、私にとって無窮に愛を捧げるべき、大切な存在なのです。

 「いつも何かにハマったとき『あれ~V6はどうしたの?』って言われるんだよね…」と相方に愚痴った時、彼女は溜息交じりに「そんな簡単に忘れられるわけないじゃん」と言ってたけど、ほんと、そう。むしろ「(私にとってのV6の存在が)そんなに簡単なものだと思われていることが悔しい」とでも言いましょうか。
 「第一この飽きっぽい私が10年以上もファンやってんだから、奴らは特別な存在なんだってことを理解してくれ!」ってのが本音なんですけどねw
 ま、そんなスタンスです。今更かもしれないけど、ちょっと語ってみたぜ。

 それから、こういう趣味を長くやってると、ありとあらゆるジャンルに様々なお友達が出来ます。そういった方々一人ひとりが、自分の趣味に誇りを持って、パッションを萌え滾らせ、充実した毎日を送っていらっしゃる。萌え対象の人を追いかけて全国~海外まで行ったり、その方と話したいがために語学を勉強したり、その国の歴史まで学んだり、とにかく皆さん素晴らしい方々ばかり。そういう生き方は本当に素敵だなと思うし、お友達一人ひとりをとても尊敬しています。
 皆さんいい意味でのヲタクだから、色々尋ねると非常に的確で詳しいお答えが返ってくるし、お話させて頂いたり、blogを読ませて頂くだけでもすごく勉強になる。もともと自分自身が好奇心旺盛な方なので、未知なるものへの探究心が満たされて、ありがたいなあという気持ちになれる。相方を筆頭に、趣味を通して出来たお友達たちの存在も、私にとってはとても大切な財産です。


 つーかまあ、言いたい事は一言だけ。「萌えってスバラシイ!」ですよね!

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千秋とのだめの目標。

 会社の先輩に借りていた『のだめカンタービレ』 我慢できずに1~17巻をごっそり買っちまいました。でへ。以下、何度か読んでみて思うこと。

 千秋の目標。
 お父さんに愛されたい。お父さんに認められたい。お父さんと共演したい。
 だからピアニストではなく、お父さんと共演できる指揮者を選択した、ように思う。
 ヴィエラ先生への思慕も、音楽家としての尊敬の念というよりは、やはり子供時代に得られなかった父性愛への代価という面が大きい。

 じゃあ、のだめの目標は?
 千秋とピアノコンチェルトで共演すること。しかしそれは、千秋がマルレ・オケで弾き振りしたバッハがあまりにも素晴らしかったことで崩壊。
 確かに、ピアニストにしてみたら「やってらんねーよ」的な気分になるわな…。何も指揮者自ら弾かなくても、ピアニスト使って弾かせればいいじゃん。その上で千秋先輩が指揮すればいいじゃん。そしたら共演できるじゃん。じゃあ、ピアニストの私って何? 不要なの? しかもその弾き振りがあまりにも素晴らしかったせいで、余計落ち込むのだめ。
 でも、なぜ千秋は『弾き振り』という選択をしたんだろう。のだめを選ぼうと思えば選べたはずなのに。(「ここで共演したら話が終わっちゃうから」いう突っ込みは無しで) わざわざニナ先生の家に寝泊りしてまでピアノを習得したその訳って一体。

 では、のだめの目標は何処に。
 千秋真一にとっての絶対的存在・千秋雅之を越えることなのか?
 でも…確かにリサイタルの後、「打倒・千秋雅之!」と叫んでいるシーンはあったけれど、それは千秋の意識化にあるお父さんの存在があまりにも大きすぎるがゆえの、ヤキモチのようなものにも思える。純粋なのだめ個人としての目標って、一体どこにあるんだろう。
 このマンガには一切のだめのモノローグが無いので、そこのところがよくわかりません。

 KISS本誌(コミックス未収録分)では、第三楽章終了、となっているそう。残りは第四楽章のみ…。ということは、コミックスが17巻まで出ている今、少なくとも30巻までには完結するということか。
 千秋は父からの愛を得ることが出来るのか。それとも絶望し、一生父の背中を追い続けるところで終わるのか。
 のだめは、何のためにピアノを弾くのか。フランスを出る日も近いのか。
 芸術家同士の恋は一体どうなるのか。
 続きが非常に待たれます。(もちろん、5月はKISS本誌買う予定ですが何か?)
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コンフィダント・絆

■作品概要■
 三谷幸喜が贈る待望の新作は、1888年パリを舞台に芸術家同士の関わりを描く
 ゴッホ、ゴーギャン、スーラ、シュフネッケル。この芸術家4人は共同賃貸しているアトリエで毎晩飲みながら、朝まで語りあう親友同士でもあるが、同時にライバル。互いに芸術家であるがゆえの複雑な心境を抱えつつも、微妙なバランスで成り立っていた。
 そんなある日、ムーラン・ド・ラ・ギャレットで働くルイーズという女性が、絵画のモデルをしにアトリエに現れる。やがてその彼女をめぐって4人は対立することに。果たして、これまで保たれていた彼らの関係は・・・・・・。
 まだ無名時代のゴッホら4人の芸術家が集い、そこにひとりの女が介入したらという架空の設定のもと、“果たして芸術家たちの間に真の友情は成り立つのか?”というテーマで描く三谷幸喜の渾身の新作!

 観終わった後、ああ、私はやっぱり三谷幸喜氏の作品が苦手だなあと感じました。(もともとこの作品自体、出演者に惹かれてチケットを取ったので、観る前から不安は抱えていたのですが)
 内容は面白いのです。面白いんだけど、押し付けがましい面白さと言えばいいのかな。「笑いなさい。このボクが、これだけ緻密に脚本書いてやってるんだから。え? 笑わないの? 低脳だなあ、この笑いが理解できないとは」と、傍で本人にネチネチと言われているような感じとでも言いましょうか。どうしても、素直に腹の底から笑えない。

 中井貴一さんはさすがの貫禄でした。出てきた瞬間、他の3人とは明らかに違うオーラが出ていた。重厚な、本当に一流の俳優だけが持てるオーラ。ゴッホの才能を妬んだスーラが、才能のないシュフネッケルをわざわざ指名してゴーギャンとゴッホの絵を比べさせ、ゴッホを絶望へ追いやるシーン。部屋が暗くなってから慟哭するスーラの姿に私も涙しました。
 それから生瀬さんはやっぱり上手い。ゴッホのちょっと変人的な、けれども天才の片鱗みたいなものがすごく良く出ていた。
 相島さんのシュフネッケルは、着ていたパンツの裾の長さにも注目。寸足らずでちょっと滑稽なそれが、シュフネッケルの可愛らしさやいじらしさ、そして「何か足りない」部分を表現していたように思う。
 寺脇さんは…正直あまり好きな俳優では無いのでノーコメント。
 とにかく、第一線で活躍する俳優陣の演技をこれだけ目の前で見れただけでもラッキー、と思うべきかな。素晴らしい俳優に素晴らしい舞台だったとは思うけれど、ただ私には三谷作品が合わなかった、というだけです。

 ひとつだけ。
 劇の中でルイーズが繰り返し歌う「ゴーギャン、ゴッホ、スーラ、パー、シュフネッケル」という歌。このパーは区切りの「/」=スラッシュの意味でもあるし、フランス語の「par」=英語でいう「by」にあたる言葉でもあるような気がする。
 歌は時々パーの前に来る3人の名前を入れ替えて歌われますが、必ず「パー、シュフネッケル」と結ぶ。これは、シュフネッケルには前3人のような才能が皆無だったこと。3人とは次元が違っていたということ。そして、劇中で出てくる「ルイーズを描くゴーギャン・ゴッホ・スーラ painted by シュフネッケル」のbyの意味にも取れる、意味の深い言葉なのかなと感じました。
 そして英語における「par」には、同等、同価の意味があるというのもまた興味深い。天才画家であった3人とシュフネッケルとは、絵画の才能で言えばフランス語の「par」だけれど、友人としては英語の「par」であったのだと、そう願いたいものです。

 それからもう一つ追記。私の大好きな観劇blogの感想にもあったのですが、二幕の最初にアコーディオン弾きで出て来る三谷幸喜氏。作家のくせに出たがりな、彼のああいう一面が苦手。あれで話の雰囲気を自ら壊しているような気がしてなりません。本当に残念。
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テーマ : 演劇
ジャンル : 学問・文化・芸術

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